今を大切に生きる

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再び_予約投稿の不具合

 昨日、DOCあすへのカルテというブログをアップしました。

pleasantbreeze.hatenablog.com

 

 DOCあすへのカルテは、NHKで日曜日23時から放映されているドラマです。

 

 私はブログを毎日21時に基本は予約投稿でアップしています。ですが、昨日は投稿時間を誤って23時(ドラマが始まる時間)にしてしまいました。

 

 21時半前にブログアップの確認をしたら投稿されていないことがわかり、手動でURLをカスタムしてアップしました。(URLを毎日21時にするのが、いつからかこだわりになりました)

 

 そのとき記事の下にある投稿時間を見ると、通常は4分前等過去の時間が掲示されます。ですが昨日は投稿時間の表記が28分後というように未来の時間になっていました。

 

 どうやら、手動でアップしても、予約投稿の日時が入っていることで、その日時が残っているようでした。

 

 以前も、予約投稿のトラブルがありました。予約投稿をすると、購読リストの1日前に投稿される等のトラブルでした。

 

 はてなブログのサポートにといあわせをしました。その際に、少し時間はかかると思うけれど、改めて連絡しますと数ヶ月後にトラブルが解消したむねの連絡がありました。どうもまたトラブルが発生してしまったようです。

pleasantbreeze.hatenablog.com

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 今回は私の操作ミスでおきたことなので、様子を見てこの現象が続くようなら再び問い合わせてみようと思います。

 

 毎日21時にアップすることを継続していると、そうならないとソワソワします(笑)今日は間違えないで投稿しようと思いました。

 

 このようなことから、確認の大切さを再認識しました。今日は無事21時に投稿できますように。

DOCあすへのカルテ

 NHKで放送されている日曜日23時からのドラマ「DOCあすへのカルテ」をご存じでしょうか。

 

 主人公のアンドレアは、ミラノのアンブロシアーノ総合病院の内科医長で、誰もが認める優秀なエリート医師。ただ、患者にも同僚にも厳しく、敵も多い男だった。ある日、同僚のマルコが誤って投与した薬で患者が死亡。アンドレアが真相を究明しようとした矢先、亡くなった患者の父親に銃で頭を撃たれてしまう。一命は取り留めたものの、12年間の記憶を失っていた。

(ドラマの公式HP)

www.nhk.jp

 

 このドラマはイタリアで医師・作家の方のと実話をもとにつくられているそうです。

 

 ドラマでは、1話完結での医療(患者さん)の話と、連続で流れる主人公をはじめとした人間関係がテーマとして描かれています。

 

 医療テーマはその時入院してくる患者さんが救急で搬送されてきたりします。中には原因がわからない者も多く、主人公のアンドレアを中心に症状から病を見つけ、対処をしていくお話です。ときには、余命いくばくもないことがわかり、患者が可愛がっている犬を病室に招いたり、連れ添った夫妻にお別れの時間を準備することもあります。

 

 医療のお話は1話完結で、並行して、もう一つのテーマ、病院で働く医師たちのプライベートが描かれています。主人公は過去12年の記憶をなくしています。記憶を亡くしたことの理由を追いながら、なぜ自分がそのようになったか調べていく。自分が離婚していることも忘れています。そのようななぜ自分が記憶を無くしたかという謎を解いていきます。そして、アンドレアも含めた病院に勤める医師たちの恋愛模様が描かれています。

 

 医師たちのプライベートを描いているだけでも作品としては成り立つほどいろいろな人間関係があります。ですがそこに医療の要素が入ることで話に深みが増し面白いです。

 

 私は、24時に就寝することに決めています。入眠しやすくするため23時にはテレビやパソコンの光を見ないようにしています。ですが、このドラマだけは、日曜日の夜だけは2、3時から1時間テレビを見ます。

 

 先週ドラマを見た時に、「もう1週間たったんだ!」と思い、今日も「もう1週間たつんだ!」という感じです。感覚的には昨日とは言わないけれど、2~3日しかたっていないような感覚です。心理学を勉強しているので、どうしてこう思うのかはわかるようになりたいです。

(今日は予約投稿の時間設定を間違えたました、笑)

自分に返る

 数日前に職場の人間関係についての記事を書きました。1つは自分から余計なことを言ってしまったこと、もう1つは相手方から声を掛けられてのこと。

 

 1つ目は善意で言いました。が、「あなたが具合悪そうだから結構です」と、2つ目は上司から質問をうけたので「確認しましょうか」と伝えて、ヨコにいた若者から「いいです」と言われた話です。

 

pleasantbreeze.hatenablog.com

 

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 どちらも、私に対して「ノー」と言われたようなものです。相手方が私を見ている見方が言葉に表れたのでしょう。私はどちらも取り合いませんでした。

 

 これは、私が今までそれらの人に対して行ったことが、自分に返ってきたともいえるのだと思います。

 

 「あなたが具合悪そうだから結構です」と私を理由にこの言い方をすること自体、人としてどうかと思います。ですが、それは置いといて、具合が悪い時期もありました。

 

 それはその人はそういう言い方をする人だというその人の問題です。その人には今も私は「具合が悪く」見えるのでしょう。本当に具合が悪い人に「具合悪そうだから」というのも失礼なんですよ。そういう言葉をいって、私をコントロールしたいのかもしれません。私が動揺するところを見たいのか、自分は健康であなたは病気と自分を上に見せたいのか。もしかすると、その話題から、自分に何か不満があるから、私に聞いてほしいとか。

 

 私は「あなたが具合悪そうだから結構です」と言ってきたことに対して、「わかりました」と取り合いませんでした。その翌日、その人が大変そうにしているときにこちらを見てきました。私はそのような時「大変ですね」とねぎらう言葉をかけていましたけれど、それもしませんでした。

 

 「いいです」と言ってきた若者には、一度苦言を言いました。私はその若者に仕事を教える役割ではありませんでしたが、これ以上遅延すると周りに影響がある、また今まで聞き流している態度に頭にきて、きつい言葉を言いました。そのことは、反省しています。若者にしてみると、私の言うことを受け止められなかったのでしょう。(言った言葉が理解できていればそのようなことになりませんから)

 

 若者の根に持った何かが「いいです」だったのでしょう。自分が若者に対してマイナスの反応をしたことが自分に返ってきたのだと思います。

 

 振り返れば、教える立場にない私は、仕事の状況がどうであれ、だまってみていればよかったのだと思います。私が仕事を教える役割だったら話が別ですが、余計なことをしなければよかったのです。

 

 彼らの言動を見ていて、最低限の礼節をわきまえる、余計なことを言わない。まともに向き合わない。を学びました。

 

 彼らの態度に頭にくるのは、自分を馬鹿にされていると感じる部分かもしれない。彼らの態度にカチンと来ても、自分にとって心地よさは何一つない。このような人たちをまともに相手にしているうちは、自分もその世界の住人なのだと思います。以前より客観的にものを見れるようになりました。

 

 今日は立春、新しい自分の心地よい世界を選択して生きていきます。


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