今を大切に生きる

心豊かに生きていきたい

9月のテーマ振り返り

 今日は9月の晦日。今日で今年の3/4が経ちました。明日からは10月今年も残り1/3、あと3ヶ月。年末に向かっていきます。

 

 9月はじめに9月のテーマとして、重要事項を2つ掲げました。今日はその振り返りをします。

pleasantbreeze.hatenablog.com

【9月のテーマ】

①身体を整える

②絶対に譲れないものは何か

 

①身体を整える

こちらは出来た面、出来なかった面どちらもありました。

 

出来た面

・食べること、寝ることを大切に日々のリズムが巡航ペースに戻せた。

 9月初めにイメージしていた「身体を整える」は、できなかった面体のバランスを整えるストレッチ等を行うでした。ですが、9月初めのころは、寝る時間が遅くなったり、眠りにつくのが遅くなる、眠りが浅くなっていました。

 

 食べること、寝ることのリズムを取り戻すことが最も重要。寝る時間の1時間前にはスマホを見ない、その1時間はぼーっとすることとし、通常の寝る時間には眠れるようになりました。シルバーウィークは、いつもより早い時間に寝て、溜まった疲れが軽くなりました。

 

 食事も月の前半は食欲が落ちました。シルバーウィークあたりから持ち直しました。こちらも、夕食の時間が乱れがちだったので、なるべく同じ時間に食べるようにしていきました。食欲は戻りましたが太りました。

 

出来なかった面

・身体のバランスを整えるストレッチ等を行う

 だいぶ身体や生活バランスが戻ってきたので、10月は取り組みます。また、食事や寝る時間の乱れは食べる量に脂肪が増えたり、むくみが増えるように感じます。食べること、寝ることをおろそかにしないことが重要な基盤だと改めて感じました

 

②絶対に譲れないものは何か

 絶対に譲れないは自分の心身を削らないこと。自分の心身のバランスを基盤として初めて自分を活かせる。

 

 7~8月に働くことで譲れないものはお給料をもらうことと整理でき、自分を活かす場を働くことから私・個に移行する。私は働きながら通信制大学で学んでいます。8月は学びが止まってしまいましたが、9月は学びを軌道に戻せました。

 

 会いたいと思う人達との交流も少しずつ拡大しています。久しぶりに会いたいと思う人と夜食事に行くことができました。また、共通の仕事を離れて、利害関係がなくなった人の中に個人的に話したいと思う人がいました。会社のツールで連絡を取り合うのは嫌で、少し勇気を出して、個人の連絡先を聞いてみたら快く教えてもらえました。

 

 9月は「食べること、寝ること」の大切さ、少しずつ広げていくちいさいけど一歩を踏み出すことができました。こうやって1ヶ月を振り返ると、できたこと、できなかったことがわかる。10月もやってみようと思います。

ブログを書く意義

 ブログを書く意義。ブログを書いている人の数だけその意義もあるでしょう。

 

 私の場合は、頑張り過ぎていた自分が本来の自分を取り戻す。その過程を言葉にすることにより、前に進む。

 

 ブログを書くという行為を通じて、自分の思い、気持ち、考えを整理する。整理しながら少しずつ本来の自分への道を進んでいます。

 

 日々あることの受け止め方は少しずつ変わってきたり、新しい視点が浸透してきています。

 

 また前に進む関所のように、同じようなことが目の前に現れ、気づきを思い出し、根付かせたり、関連する新たな気づきが生まれることもあります。

 

 ブログで交流のある方の異なる切り口から新しい発見や新しく学んだ見方を言葉にしたいと思うこともあります。

 

 また、テレビや報道を見て、何かを感じたことを言葉にすることで見方が変わったことに気づくことがあります。

 

 私のブログ似たような内容だったり、違う切り口で同じ内容を書いていることも多いと思います。

 

 ブログで交流がある皆様とはリアルではお会いしたことがありません。ですが、リアルでお会いする人よりも、その方のよりその方に近い側面を知っているように思います。

 

考え方や見方の多様性、捉え方、感じ方も学んでいます。

 

似たような記事を読んでくださる皆さまに

お言葉を寄せてくださる皆さまに

新しい気づきをくださる皆さまに

心から感謝しています。

 

これからもよろしくお願いいたします。

善人過ぎると損をする

善人とは、善良な人。善良とは、素直で性質が良いこと。

 

 周りを見回すと、本当に善人(良い人)だと思う人がいます。善人というのは、周りとの比較、個人の価値観によりその基準は異なれど、総じて、人に不快感を与えず、素直で性質が良いと感じる人だと思います。

 

 善人すぎると損をする。

 

 周りを見渡して、プロジェクトに手が足りなかったり、客観的に見て「難しそう」と思うことに積極的にサポートに入る。

 

 よく言えば面倒見がいい。悪く言えば、自分の身を挺してまで仕事をしようとする。

 

 プロジェクトメンバーがプロジェクトに素養がある人間で構成されかはリーダーの人選の問題。

 

 実際には人不足もあるなら、ベストではなくべたーというところもあるだろうけれど、リーダーは自主的に補佐に入る人に助けられている。

 

 リーダーにとって、自主的に補佐に入る人は、うまくいかなければ助けてくれるだろうと、よく言えば頼りになる、悪く言えば都合良くあてなる存在だろう。

 

 補佐に入る人は、補佐をすることで、その人の業務に対する見識や経験値は上がるから、その人にとってプラスの要素ももちろんある。また、その人の姿を見て、形では見あらわれない信頼、信用を得ることになる。

 

 しかし、ビジネスという視点ではどうだろう。本来はそういう人は評価(=会社組織での本人への評価)される。その人が補佐に入ることで、チームメンバーは助かる。プロジェクトは少なくともその人が補佐に入る前よりもうまく進むことになる。

 

 ですが、根本的な原因は解決されません。補佐をする人にとって、負担が増し、業務負荷が上がり、残業時間が増える。周りの人たちは、自分が足りなかったものを補完することなく、業務としては成功してしまう。「良かった」となってします。ビジネスとしては、補佐される側の方にメリットがある。

 

 自分で言うのもおかしいけれど、私は心身のバランスを崩す前までは、会社において「善人」だったと思う。上記は、今他人を見て見えた世の中の仕組み。自分が経験したことだからわかる部分もある。

 

 「みんながわかりやすいように」、「次の人がこまらないように」周りの人のことを考えて仕事をしていた。ですが、「みんながわかりやすいように」、「次の人がこまらないように」という視点を持ってない人には、ラッキーなこと。

 

 そういう目で仕事を見ていなく、そういう足元固めをする気持ちがない(もしくは忙しくてそこまでやる時間がない)。自分がやらなければ、誰かが助けてくれる。やってくれる。それがわかっているから、手を動かさない。

 

 そのように感じるようになってからは、私も深度を下げて、申し訳ないが次の人が動きやすいようにというところに労力を割くことはなくなった。

 

 以下記事を見つけました。

要約すると人生がうまくいく善人は、

「基本まわりに親切だけど、ズルい人には親切にしない」

うまくいく善人でありたいと感じました。

panda-ondo.org


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