1年に2度
お互いの誕生日に交わされる
誕生日のお祝いメッセージ
それぞれの人と
それぞれの温度感で続けている
先日とある友人に
誕生日のお祝いメッセージを
送らなかった
忘れていたわけではない
意図して送らなかった
随分前に
その友人から
お土産をもらうのが負担
買ってこないで
人の誕生日を覚えられない
と話されたことがあった
お土産は
渡すのをやめた
誕生日のお祝いメッセージは
もらっても悪い気はしないだろうと
送り続けていた
友人から私へのメッセージは
誕生日を過ぎてから
メッセージが送られてきたり、来なかったり
メッセージがこないと
寂しいや残念に思う気持ちもあった
言葉の通り誕生日を覚える気持ちもなく
メッセージを送るのも負担なのだろうと
受け止めていた
今年は何でメッセージを送らなかったのだろう
送る気にならなかった
こころの中で友人が
おめでとうと伝えながらも
メッセージが来なかったことを
友人がどう思っているかを
想像することもなかった
それで良いのだと思う
頑張りすぎたことに気づき
自分を大切にしようと決めてから
初めて迎えたその友人の誕生日
誕生日にメッセージを送ることも
自分が相手を喜ばせよう
相手がメッセージを期待していると
思い込み
その期待に応えようとしていたのかもしれない
本当に
相手がメッセージを期待しているか
どうかはわからないのに
その友達は私にとって大切な友達
その気持ちに変わりはないけれど
自分の送る気持ちにならないを
優先したことが良かった
今まで気にしたことも
ないようなところでも
私は他人を優先してきたのかもしれない