今を大切に生きる

心豊かに生きていきたい

3.11


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東日本大震災から11年が経ちました。

 

 11年前の今日も金曜日でした。勤務中に発生し、私も机の下に隠れました。震度5弱か5強でしたが、今までにない揺れでした。揺れている間、悲鳴や子供の名前を叫ぶ人もいました。スライド式のキャビネが揺れ、勤務先の建物にはクラック(ヒビ)も入りました。揺れの後、テレビをつけると津波や火災の映像が流れました。まったくもって何が起こっているか理解できません。その日、その時間を境にいろいろなことが変わりました。

 

 その日の帰り道は、当時近くに住んでいた同僚と防災用のヘルメットをかぶり、自宅まで歩いて帰りました。一列渋滞のようにたくさんの人が歩く中、コンビニは商品がなくなっていました。この日はまだ何が起きているのかわからないところもありました。だんだんと被災の大きさを知っていくことになります。

 

地震津波原発事故により、はかりしれない規模の被災となりました。

 

 昨日ネットの記事で、地震後自宅に戻り、数十分後に津波が発生、二階に逃げたけれど、津波が来てご夫婦おは死を覚悟しお互いに感謝を伝え合った。その後奥様は水の中に消え、ご主人はジャンパーが浮き具になって助かったという記事を読みました。

news.yahoo.co.jp

 

  東日本大震災の後、何回かボランティアに行きました。とある農家のあたりで泥かきをしていた時のこと、泥の大地の中に例えば、靴のかかと等が目に見える箇所があります。掘り返していくといろいろなものが出てきました。写真も靴下も。津波に押し倒されたビニールハウスもありました。

 

 泥の大地の表面はほんの少しが見えますが、その深層、見えない箇所にはたくさんのものがあったのだと思います。東日本大震災から2~3年以上たっ頃、海沿いの農地で主に石を撤去するボランティアにも行きました。

 

 被災してお亡くなりになられた方々すべての方の思いがあります。また、ご家族、ご友人をなくされた方々の思いもあります。被災により自宅を奪われた方、田畑や職業を奪われた方、この日に生活が一変された方が多くいらっしゃいます。

 

 私が知っているのは泥の大地の表面で、その深層は見えていないと思います。それでも心が痛み、辛くなる気持ちがあります。

 

東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 私ができること、この東日本大震災を忘れないこと、日常のありがたさを尊ぶ。東日本大震災の教訓を忘れないことだと思います。小さな事かもしれませんが、できることをしていきます。f:id:pleasantbreeze:20220311183004j:plain


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