今を大切に生きる

心豊かに生きていきたい

「頑張って、苦しんで、努力して」何を得たか


スポンサードリンク

 長い会社員生活を振り返りました。同じ会社にかなり長く勤めています。就職活動では、興味がある業界や地縁がある会社に資料を請求をし、説明会に参加していきました。そのころは自分がどれくらい働くか、どのように働くかを考えずにいました。こんなに長く働いているとは夢にも思っていませんでした。

 

 勤めている会社は興味がある業界でした。そしてその会社で行う事業にあこがれのようなものがありました。会社説明会に行き、人事の方たちの対応がよく好感を持ちました。内定順調に入社が決まり、内定後から就職するまでもわくわくしていました。

 

 初任配属は自分が希望する事業とは異なる部署でした。当時の上司に「今の仕事ができるようになり、会社で必須となる資格を取れば異動させてあげる」と言われ必死に頑張りました。何分試験は苦手で、だいぶ経ってから合格し、約束通り希望の部署に異動させてくれました。

 

 部署に異動しても、なかなかやりたい仕事には近づけません。そのころは若かったし、仕事が楽しかったので無我夢中で頑張りました。そして入社時に志望した、憧れていた仕事を経験することもできました。その経験を通じて得たものはとても大きいです。

 

 セクハラやパワハラともとれる言葉の暴力を受けたこともありました。その時々の仕事を精一杯やってきました。

 

 ここ数年、未来への不安や他人との比較から、会社に「認められたい」という気持ちが強くなりました。やり残しはしたくはない、後悔はしたくないと今まで以上に完璧に仕事をこなそうとしました。私の会社員人生を振り返ると「頑張って、苦しんで、努力する」その繰り返しでした。

 

「頑張って、苦しんで、努力して何を得たか」

 

 たくさんの人から信頼を得て、何より仕事を進めるちからをたくさん身に着けることができました。ですが、自分が欲しいかたちで認められることはなく、私はバランスを崩しました。

 

なぜバランスを崩したか。

 

 私が自分に対して「自分は足りない、不足している」と感じていたから。だから「頑張って、苦しんで、努力して」、「何か」になろうとしていたのだと思います。

 

 「足りない」ことを他人に認めてもらうことで満たそうとする。どれだけ頑張っても自分が欲しいかたちで認められない。だから「頑張って、苦しんで、努力して」の繰り返し。

 

バランスを崩して知ることになります。

 

 私は「何も足りなくないし不足もしていない」。私が私自身を認めることができていなかった。だから頑張って、苦しんで、努力して」を繰り返していたのだと。

 

「頑張って、苦しんで、努力して何を得たか」

 

頑張って、苦しんで、努力して得たものは自分のちからになる。バランスを崩したことは、自分を認めることができるようになるために必要なプロセスだったのかもしれない。一番大切なことに気づくことになったのだから

 

 自分が足りないと感じることも、「頑張って、苦しんで、努力して」を繰り返す必要はない。自分を活かして、じぶんがやりたいことをやる。できることをやる。

 

これがこれからの私の生き方。

f:id:pleasantbreeze:20220321222024j:plain


スポンサードリンク