2022年年始に「自分がありたい方向性」を定めました。それは、「働くために生きている」から「自分の人生を生きる」こと。シフトチェンジに向けて「私(プライベート)・個(個人)」で「自分の人生を生きる」ために心がけたいことを22個掲げました。それぞれが関連しているので似たような内容となりますが、ひとつずつ掘り下げています。
21回目は「受け取る」です。
(心がけたい22個はこちら)pleasantbreeze.hatenablog.com
「受け取る」私がなかなかできないことでした。
褒められたり、承認されて嬉しいのに、照れ臭くて素直に「受け取れない」
甘えたいのに、甘えられない
こうしたいと思うことがあるのに、それを伝えられない
楽しみにしていたのに、楽しそうにしない
本当は輪に入りたいのに、声を掛けられないから行かなかったり
私が私のことを「足りない」、周りのために「○○しないといけない」と思っているから、周りの人から「受け入れられていない」、「認められていない」と思い込んでいる。そのために「居場所」をつくろうと「頑張る」
しかし、そんなことしなくてもすでに「受け入れられている」し、「認められている」のです。「居場所」があるから居るのです。
「認めている」と言われても、「いやそんなことない」と自分が思い込んでいるのです。
「受け入れられてる」ことが望みだろうに、それをわざわざ自分から「いやそんなことない」と否定するのは、「受け入れられてない」と信じてきた自分を否定することになるから。
周りの人と接する中でいろいろなことがある。一つのことには「良いこと」、「悪いこと」両面その側面がある。良いことばかり、悪いことばかりということもない。どちらにも目を向けることが大切。これも「白黒主義」ではなく、「白」も「黒」もある。もっと言えば「グレー」もある。
それがわかったうえで、自分が好ましい。心地よく感じる方を受け取る。その判断基準は今までの判断基準ではない。自分のこころの一つ奥にある気持ちにとって「好ましい」「心地よく感じる方」を選ぶ。
例えば、甘えたいのに、甘えられない。こころの一つ奥にあるのは「甘えたい」その手前にあるのが「甘えられない」。どうしてそう思うかというと、「甘えたい」と思うことに対して感じる何かしらの抵抗があるから。
甘えられない理由はその何かしらの抵抗。それは、「甘えてはいけない」という自分の中の思い込み。これが「甘えていい」となったら「甘えてはいけない」と信じていたものが崩れてしまう。
甘えられない原因は自分の中の何か。そして相手と接する中で、そもそも自分が受け入れられていないと思うのも思い込みだったような気がする。そうやって相手の好意を受け取れなかった自分がいることに気がついた。
物事は白黒と二極しているわけじゃない。うまく言えませんが、相手から受け入れられているのに、自分の思い込みで「受け取る」ことができない。それはもうやめると決めました。