私から今の私に贈る言葉
「賢く、鈍感であれ」
昨日投稿した「フィルターの正体」私の目の前で違和感を感じる人たち、すべてではないけれど、私が持つ「フィルター」を通してみるから違和感を感じる。そのフィルターの正体は「自分は何かが足りない、何かが不足しているという自己認識」という内容でした。
言葉を返せば、私自身の価値を下記に置いていたのだと思います。
・全体を見通して、〇〇しなければいけない。というタスクを立て、実行する
・次の人が気持ち良く仕事ができるように整えることができる
→物事を全体で捉えられるようにならなければいけない。
→〇〇しなければいけない。
→次の人が気持ち良く仕事ができるように整えるべき。
・自分の頭で考える
→物事を進めるには中身がわかる必要がある(わからずにものをいうな)
→仕事の基礎ができて一人前、それができないと次のステップには上がれない。
→他人に頼るのではなく、自分で考えられるようにならなければいけない。
このスキルを身に着けていなくても、私は自分の人生を生きるために何一つ不足などなかったのです。。。ですが、根源がなんであれ、私は私なりに上記のスキルを身につけられました。そのうえで、自分が気がついたことに役割以上やるかやらないか、自分よりも仕事を優先に悩んでいました。
このブログを通じて教えていただいた「受動攻撃」。受動攻撃とは、自分の言動、態度をはっきりせずに、さぼったり、決められた役割を実行しなかったり、約束事をしなかったりすること。
私の周りの人たちはどうでしょう。役割を果たさないという点でも少なからずこの要素を含んでいると感じます。
会社という組織の中では、そういう人たちが許されているのです。その人たちは、本当に問題に気づいていないのかもしれませんし、気づいていてもやらない。結果としては同じです。
私は気づいてしまったらやらなければいけないと思っていましたが、私だけがやらなければいけないこともありません。
言葉の表裏を聴き分け、自分にとって「賢く、鈍感であれ」。
仕事においてこの先も頑張らなくていい。自分ができることをその範囲でやる。ましてや人のために嫌な思いまでしてフォローをしたり、他人のために頑張ることもない。
今までの価値観から脱皮し、私自身が新しいステージに移行しています。自分のステージを変えれるのはその人自身だけ。自分にとって心地よく豊かに生きていきます。
習い事のお師匠さんから教えていただいた3つの良いこと、実践していっています。その中でこういう気持ちの変化も書き留めていきます。