今を大切に生きる

心豊かに生きていきたい

滅私奉公卒業宣言

 会社にいるとどうしても、自分よりも会社を主とした視点でものを考えてしまう。正確にいうと、人生の中心が「仕事」という考え方に戻ってしまいそうになります。

 

 自分を削って病気になってまでやることなんて何一つありません。自分ができる範囲で会社に貢献することが基本。それ以上は、やりたければやればいい。やりたくなければ、やらなくていい。今までと異なる考え方を自分が受け入れる。

 

 仕事は生きるための収入を得るためにおこなうもの。自分の不手際で起こしたトラブルなら仕方ない部分はあるけれど、相手の責任を引き受けて、自分がその尻拭いや自分を削るリスクを引き受ける必要はない。他人がちゃんとやらないことの責任を押し付けられそうになったら跳ね返せば良い。今までと異なる考え方を自分が受け入れる。

 

 仕事をきちんとやろうとすると思うように進まない。よく言えばコミュニケーションの行き違い、悪く言えば結論ありき(=私に決めることができない)。それなのにどうにかしようとしている。この見方は、「相手に責任がある。もしくは相手が悪い、自分は悪くない」という気持ちが根底にあることに気がつきました。

 

 そうではなくて、相手が責任を果たすように仕向ける。子供に対するように、回答する事項を明確にし、相手がやらざるを得ない状況にする。そして、その人がやる気になって、やったことをそのまま反映させる。

 

 相手が相手の責任を果たすことへの手伝いをし、「責任は相手のままに残しておく。」そうしないと、私は自分をすり減らす。いくら努力をしても不毛です。相手がやらないことを引き受ければ、相手が手を抜く余地を作るだけ。責任を引き受ければ、責任を押し付けられるだけ。

 

 上司は相手は「考えを文章にするのは面倒になってる」といいます。それは相手の問題で私の問題ではありません。結論をもっているけれど、軸もぶれるし考えをはっきりとわかるように考えている。それなら、それを形にして、その人にそのまま責任を残しておけば良いのだと思います。

 

 そうです。自分が責任を引き受けるのではなく、自分の目的を果たすために相手を利用すれば良いのです。発言には責任を持ってもらう。相手の責任を引き受けてどうにかしようとするからうまくいかないのです。

 

 自分の努力が足りないからうまくいかないのではない。役割分担が微妙なのです。その役割分担を決めたのは会社。私だけに責任があるわけではない。今の中途半端な状況を逆に利用します。

 

 他部署の尻拭いをさせられる仕事を任されそうになりました。上司には「他部署が強引に進めるものの尻拭いをすることで、クレーム対応をするのは、自分の心を痛めるリスクがある。心身のバランスを崩すことは勘弁してほしい。」とはっきり上司に伝えました。

 

 勇気がいる発言でした。言われた上司は、「クレーム係をさせようとしたわけではない。期待しているのはそういうことじゃない」といっていたけれど、私の考えは理解してくれました。

 

 うまくいかないと辛くなるのは、うまくいかない理由を、自分だけに原因があると考えたり、相手の責任を引き受けてまでやろうとするから。他人がちゃんとやらないことをどうにかしようとした私の考え方を変える方が健全で、私にとってもメリットがあります。

 

 コミュニケーションをとったところで、「自分が正しい」と考えている人の考えをかえること、他人を変えることは難しい。それであれば、表面だけ話を合わせて、うまくいかないことは都度都度その人に戻す。

 

 そんなひとのために心を痛めても、ましてその人に対して怒る等の態度をとっても、自分にとって何のメリットもない。マイナスの影響しか与えない。

 

 自分が手の届かないところを無理にやる必要はない。自分のことを一番にできる範囲でやる。与えられた範囲の責任だけを引き受ける。

 

この考えを受け入れて、自分に根付かせます。

 

 会社の人間関係、大半は会社を離れたら縁がきれるものです。そんな人たちに自分の人生に影響力を与えてはいけません。

 

 会社に貢献して、ともに成長するという考えはなくなりました。今回私がとる策は、自分を削らないようために周りに適応して、与えられた最低限の役割をやるだけのこと。滅私奉公終了宣言です。

 

この気づきと気持ちを綴りとどめます。