ここ1ヶ月同僚たちにイライラする日が続きました。あの人はなぜこんな行動をするのだろう。あの人はなぜこんなことをいうのだろう。馬鹿にされている感じがしました。
以前なら、こういうとき、自分が足りないと思ってきたけれど、今はそうは思わない。他人のために頑張ろうとも思わない。
信頼できる人と話して言われた言葉。
「相手に自分と同じ基準で評価してほしい」
「いらいらするということは、相手に期待しているということ」
「相手に不快なことをされても、そのことで説教じみたことを言わない方がいい。話が通じることはなく、自分が嫌な思いをしたり、虚しく感じるだけだから」
ハッっとした。私は相手の行動をおかしいと思っても、相手は、自分の行動をおかしくないと思っているからいうのだ。
それは一般的に良い悪いの話ではない、私は相手の言うことを「何を言ってるの」と思った。失礼だと思った。人に立ち入りすぎ。
相手の善意であっても、相手が私に入り込むことで、私をコントロールしているようにも思う。私もこの言葉を言われてからその人へのスタンスが変わった。今回の行き違いは決定的なものになった。
「分かり合えないことを認める」
「流せば良いんじゃないですか」信頼できる人はそういいました。
頭ではわかる。だけど、感情的にずっと引っかかっている。
頭では、そうした方が自分が楽だし、それ以外の解決策もないように思っている。しかし生きやすさに向けて前に進んでいる。もうちょっと向き合ってみる。