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真っ暗な月夜の記憶


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目に焼き付いている記憶があります。

 

 赤いスカートをはいた私が砂場に座っていて、真っ暗な空に黄色い月が見える。その景色が目に焼き付いています。その砂場は公園の角にあります。

 

 おそらく、その景色を見たのは、幼稚園~小学校全学年位、小学校入学前ではないかと思います。「気がついたら夜になっちゃった」というような感情が思い出されるのですが、そこには私一人しかいなかったように思います。

 

 普通に考えれば幼い女の子が真っ暗な公園で砂場遊びをしているとは思えなく(暗くて砂もよく見えないでしょうし)、実体験の記憶かはわかりません。

 

 かといって、あのリアルに焼き付いている景色は想像ではなく、実際に見たものだとは感じます。そうなると考えられるのは、みんなで遊んでいて、自分一人で居残って遊び続けていたのか、大きな子供と公園に行って、その子供は別のところにいたのか、悪い大人に連れられていたずらをされ、気がついたら砂場にいたのか、いろいろ考えました。

 

 大人になってから、父と母にこの記憶のことを話し、幼いころに、誰かに連れていかれたり、暗くなっても帰ってこなかったことがあったか聞いてみました。両親ともに、そのようなことはなかったと思うといっていました。

 

 自分の記憶の中でも、景色を見た記憶はあれど、怖かったり辛かった記憶はありません。また、近所の子供たちとは公園ではなく主に家の前の道で遊んでいました。子供たちの結束も強く、男の子も一緒になって遊んでいました。当時を思うと、私に限らず誰かが暗い公園に残るというような遊び方はしていなかった(暗くなったら家に帰っていた)と思います。

 

 あれだけ明確に景色を覚えていることが不思議でなりません。ですが、その砂場の場所を父と母に話したときに、その場所に公園はあったっけという話しになりました。そういわれてみると、砂場が公園の端にあることは覚えていても、その公園がどこにあったかの記憶は曖昧なのです。私がその地に住んでいた十数年の中でも、空き地だったり、社宅が立ったりしていました。

 

 もう一つ夜の記憶、寒い日の夜の記憶があります。その記憶も小学生になる前位の記憶です。もしかしたら、その帰り道に見た空と月なのかもしれません。

 

 この真っ黒な月夜の記憶は私にとって意味がある記憶なのだともいます。それは現実で見たものなのか、幼い時に想像で見たものなのか、はてさて寒い日の夜の記憶とかけ合わさったものなのか。

 

 とりとめもない話となりました。真っ黒な月夜の記憶に、怖かったり、辛かったりの感情がないことは幸いなことのように思います。


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