人間関係の話です。
先日専門家に、引っかかっていたことを話したところ「あなたに高圧的な態度をとってきた人のその行動は、あなたに対してとて思い入れがあり、『可愛さ余って憎さ100倍』だったのでは。ただ、その行動は決して良いことではないです。」と言われました。
私が感じていたこともその通りでした。まさに専門家の言葉の中にすべての要素が含まれているように感じました。
私に高圧的な態度をとってきた人をCさんとします。Cさんは、その手のひらを返すまでは、本当に親身に、思い入れを持って私に対応してくれていました。
Cさんにしてみれば、私に対して「こうあったら良いんじゃないか」という、Cさんが良いと思う姿を描いてくれたのだと思います。それは、Cさんのためにではなく、あくまで私のために、Cさんが考えてくれたものだったのでしょう。だから思い入れも強かったと思います。
その姿が理想とされたもの私の位置付けは、中途半端で表と裏ダブルミーニングとして捉えられる内容でした。私次第でどうにでもなる余地があるといえばよく聞こえますが、Cさんが私に期待したのは、Cさんが望む私の姿。それは、心身のバランスをくずす前の姿だったのだろうと今は思います。
Cさんは表の言葉を用いながら、実は裏を希望していたのでしょう。それは意地悪ではなかったと思います。私を思ってくれたのでしょう。
心身のバランスを崩した私は、心身を崩す前の私とは価値観が変わりました。言葉を返せば、心身を崩す前の価値観のまま生きていくことが難しくなったから、心身のバランスを崩したのです。
心身のバランスを崩す前と崩した後、自分の変化は新しい自分を発見するようでもあります。心身のバランスを崩したことで、自分が本当に大切にしていたとや、自分の感情なり本心等、何らかの理由で抑圧してきたものに気がついたのだと思います。
抑圧をなくして、本来の自分に戻っていっているとも言えるのかもしれません。
話は戻りまして、Cさんが描く姿にならない私にCさんの態度が豹変しました。Cさんの保身、逃げ場をつくりながら、私に対して攻撃してきました。私に向けられた言葉、振る舞いは今となってはその時点で私を傷つけるのに十分すぎる言葉でした。(②につづく)